A FAMILY STORY OF THREE
家族3人のそれぞれのものがたり
これは、3階建ての家に住む、母、息子、父から見た
それぞれのはなし、それぞれの世界。
“ふつう”だけど、完璧じゃないけど、
かけがえのない今日を、大切に想えるように。
THREEを舞台に3つのものがたりが描き出す、家族の毎日に想いを馳せて。
am11:24 「なにしてる?」
「進学説明会行ってきた、今から予備校」 pm15:35
スマートフォンにうつる友人からのメッセージを見つめ、深くため息をつく。
引退試合が終わり、いよいよ受験本番だというのに全く身が入らない僕は、勉強モードにうまく切り替えた友人を見てただ焦る毎日をすごしていた。
今までは大概のことを卒なくこなせていたと思う。別のフィールドに立ってみたら、途端に不安と焦りに襲われた。この状況をどうにかしなければいけないのは分かっているんだけど…
心の中にもやもやと絡まる何かを抱えながら、”とりあえず、..ね。”と机に向かった。
机の上には、進路希望調査の用紙。
…目につかない場所に置いておくべきだったな。とはいえ、考えないわけにもいかないのだけれど。
考えれば考えるほど迷宮入り。
少しも進まないまま、僕は頭を冷やすため麦茶を取りにキッチンへ向かった。
階段を降りると、キッチンで夕飯の準備をする母親の姿があった。
冷蔵庫に向かう途中、母は僕に何か言いたげだったが、一瞬出かけた言葉を飲み込むようにして黙り込んだ。
なんだか居心地が悪くなって、冷たい麦茶を片手にバルコニーへ出る。
家族の姿が見えると落ち着くが、話しをしたくない時もある。
僕のお気に入りの場所、バルコニーはそんな僕の気持を理解してくれていた。
居心地のいい、都心の静寂。
自分と向き合うのにとっておきの場所だった。
手すりにもたれかかって、ぼんやりと中庭を眺める。
風が吹くと、中庭のヤマボウシはそよそよと揺れ、柔らかく反射した。自然の音に耳を傾けて、心が静まりきったその時、葉擦れの音に父の声が混ざった。
「進路、決まったか?」
「・・・まだ」
「・・・この木は花が散って葉の色を変えて、次の季節にはまた花を咲かせる。そういうサイクルなんだよ。ある程度面倒見てやれば勝手に真っ赤な実を付ける。」
風呂上がりのビールを片手に、父は庭の木を見つめて話し始めた。
「何かを頑張ればそれはいつか終わる。そして次の準備をしなければいけない。誰かの力を少しだけ借りながら。そうすれば必ず春が来るから。」
父は少し恥ずかしそうにして、コップに並々と注がれたビールを飲みほした。
そうか、次を見据えればおのずと頑張れるかもしれない。
もう一度初めから考えてみよう。僕の人生のサイクルの核になる何か。
「ありがとう。」
小さな声で呟いて、もう一度庭の木を見つめた。